あがり症克服方法の分類
一般の方はあまり知らないと思いますが、あがり症克服法(ストレス対処法)を含む心理療法・メンタルトレーニングというものは、心理学的には、大きく次の3種類に分類されます。
認知・思考系 | ネガティブ思考や、歪んだ考え方の傾向に気づき、順序立てて修正する | 認知療法、プラス思考、ポジティブシンキング、論理療法 |
暗示・催眠系 | 言葉やイメージを使って、自分に暗示をかけることによって、不安やストレスを取り除く | セルフトーク、催眠療法、スピリチュアルヒーリング、前世療法、NLP(神経言語プログラミング)、シータヒーリング、自律訓練法、成功イメージ |
行動・生理系 | 身体を意識的に動かすことによって、生理的なバランスの改善を図りながら、否定思考やストレッサーへの意識を分散させたり、コントロールする | 呼吸法、ストレッチング、筋弛緩法、ヨガ、座禅、アレキサンダー、バイオフィードバック |
これらの分類を知っておくことのメリットは、自分に相性の良いメンタルトレーニングを見つけられるようになるということです。
とりわけ、あなたが「暗示・催眠系」に向いているかどうか?です。
あなたが暗示にかかりやすいのであれば、暗示催眠系は良い選択肢になります。暗示催眠系は、それほど努力を必要としないだけでなく、即効性が高いので、軽度のあがり症であれば、すぐに改善することも少なくありません。
インターネットで、「一瞬で迷いが消えていく」「たった1日で自分が変わる!」と謳っているメソッドの多くが暗示系です(心当たりはありませんか?)。
反面、現実的で納得できる解決策を模索している人たちにとっては、暗示系のテクニックはなかなか受け入れられないし、効果も限定的です。ですから、認知・思考系か、行動・生理系のメソッドが選択肢になります。
つまるところ、あがり症というのは、生理的な過興奮に対して、ネガティブで大げさな間違った認知(もう終わりだ・何もできなかった)をしてしまうことです。
その意味では、私は、行動・生理系のメソッドを中心に身体覚醒をコントロールしながら、少しずつ認知・思考の仕方を変えていくことが、現実的であると考えています。
この2つのコンビネーションが、いわゆる「認知行動療法」であり、大学院で心理学を専門的に取り組んできた臨床家にとっての世界標準となりつつあります。
筋弛緩法
筋弛緩法は、昔からよく用いられるリラクセーションのテクニックですが、リラックス(弛緩)させる前に、一度、体をギュッと意図的に力を入れるところから始まります。
例えば、肩の筋弛緩法を行う場合、一度、肩を思いっきり上げて、すぼませ、それを数秒維持した後に、一気に解放して力を抜き、肩を落とすのです。
そして、大事なポイントは、その力を抜いて、解放したときに、肩の脱力感にしばらく意識を向け続けることです。血の巡りや、気の巡りがよくなっていく感覚に意識を向けるのです。
本番前に肩の力を抜くためのテクニックという意味では、短時間で簡単にできるので、スポーツや演奏だけでなく、プレゼンなどにも十分に使えるものです。
私の考えでは、筋弛緩法で効果が期待できる人の条件は、下記のとおりです。
- あがり症は軽度であり、日常生活までに支障は出ていない
- 普段から、肩こり、腰痛、首痛がある
<メリット>
- 練習やトレーニングなしでも、誰でも短時間でできる
- 即効的な効果がある
<デメリット>
- ひどい緊張の緩和には、効果は限定的
筋弛緩法は、いわゆる行動療法に分類されるものです。
行動療法は、何か行動を起こすことで、ネガティブなものへの意識集中を分散させるテクニックですが、呼吸法や筋弛緩法などは、ダイレクトに、神経系を弛緩できるので、私は好んで使っていますし、短時間でできる、やれば必ずなんらかの効果が期待できるものなので、本番直前に、やらない手はありません。
しかし、その場でできることという意味では、深呼吸と同じレベルのものであり、ひどい緊張を緩和・克服できるものではないので、引き出しのひとつに入れておくべきものでしょう。
あがり症の克服に、筋弛緩法を単体で使うというよりも、その他のテクニックと合わせて使うものと考えた方が良いでしょう。
自律訓練法
自律訓練法は、大正時代から行なわれているストレス対処法です。第一次世界大戦のあと、戦争神経症の治療のために、ドイツでシュルツという医師によって考案されました。そして、あがり症だけでなく、ストレス性の疾患を抱える患者に対して、今でも医師の多くの人が、この自律訓練法を勧めています。
自律訓練法は、あまりにも情報としては普及しているので、多くのひとが取り組んでしまいがちですが、結論からいうと、自律訓練法は、一般の人が、一番取り組んではいけないあがり対処法です。
自律訓練法の効果が期待できないと言っているのでありません。自律訓練法の最大の問題は、1回あたりの取組時間がかかりすぎるのと、効果を感じられるようになるための学習時間がかかるということです。第7公式まで丁寧にやれば30分以上はゆうにかかります。
また、あがりの現場で実践的に活用するのが難しいということです。つまり、現実的・実践的ではないのです。
今でも自律訓練法を指導している、カウンセラーや医師などは、正直、勉強不足だと思います。今では、もっと短時間で効果があるストレス対処法があるのですから。
正直にお話しすると、私自身、心理系の仕事を始めた当初は、セミナーなどで、この自律訓練法を教えていたことがありました。とりあえず、ストレス対処の具体的な方法を教えるという意味では、なんとなく時間を使えたからです。
でも実際には、自分自身では、自律訓練法はほぼできなかったし、続かなかったというのが実態でした。
自律訓練法をなんとなく習得でき、効果を感じられるようになるのに、通常1ヶ月以上はかかかります。しかし、レゾナンス呼吸であれば、早い人は1-3日で効果を感じられるようになり、1ヶ月あれば、症状の改善まで期待できます。
自律訓練法は、実は暗示・催眠療法に分類されるものです。我慢強い人や、暗示にかかりやすい人は、それでも一定の効果を得られますが、緊張する場面で実践的に活用することも難しいので、本当にお勧めしないテクニックです。
時間に余裕があった昔の人が行うには良いのでしょうが、忙しい現代人には、正直向きません。
<デメリット>
- 習得するの時間がかかる
- 1回あたりのトレーニング時間がかかる
- うまくできているかどうかは、主観的な評価に頼らざるを得ない
- 大事な場面でやるには時間と場所を確保しにくい
- いつでも・どこでも・自分一人で実践するのが難しい
- 忙しいひとはなかなか続けられない
タッピング
インターネットでよく見かけるのが、タッピングという方法です。タッピングとは、英語で「叩く」という意味ですが、文字とおり、緊張や不安に襲われたときに、ある特定の身体部位を、指1-2本で、リズミカルに、軽く叩くのです。
叩く場所もおおよそ決まっていて、瞼の上、ほお骨、小指のつけ根、左胸などが、効果があると言われています。なぜならその場所には、経絡(エネルギーの通り道)があるからだそうです。
このタッピングという方法は、あるアメリカ人が考案したもので、TFTといわれており、そこから分化したEFTと言われるメソッドもあります。
<メリット>
即効的な効果が期待できる
<デメリット>
時間が経つと、効果が取れてしまうことが多い
タッピングは、行動療法に分類されがちですが、実際には暗示や催眠療法に分類されるものです。
科学的には、針や灸はともかく、経絡(ツボ)を叩くことでの効果は認められていません。再現実験では、経絡以外のところを叩いても、効果があったからです。これはつまり、経絡(ツボ)という、「気」に関連する部署を叩くということの暗示的効果が大きいのでしょう。
実際、このメソッドを教えている人たちの多くが、暗示系・スピリチュアル系のメソッド(NLP、前世療法など)を併用しています。そして、自分自身の、あがりや緊張があっという間に消えてなくなった体験をウェブサイトなどでは、全面的に打ち出しています。
いずれにせよ、暗示にかかりやすい、上記条件に合致する人は、試してみる価値があるでしょう。
暗示効果以外にも、叩くという行為に集中することが、不安や緊張の対象への意識を弱めてくれるので、その心理的・神経的効果があるのでしょう。このような行為集中の効果は、呼吸法やストレッチといった全てのメソッドにも当てはまります。
成功イメージ
成功イメージとは、文字とおり、自分が成功したときのことをイメージするやり方です。
一般的には、ソファーにゆっくり座ったり、床に横になったりしながら、頭の中で、プレゼンや会議などで、自分が気持ちよく、ワクワクした気持ちで、のびのびを発言し、そして最後にみんなから最高のスピーチだったと拍手されるところまでを想像してみることが推奨されます。
私の考えでは、成功イメージで効果が期待できる人の条件は、下記のとおりです。
- あがり症は軽度であり、日常生活までに支障は出ていない
- 普段から、妄想したりするのが好きだ
- 普段から、小説をよく読む
- 科学で証明できないスピリチュアルな体験に興味がある
- 占いや風水といったものが好きである
- 同じ映画やドラマをみて、何度も大泣きしてしまう
- これまで「人生が変わった!」という体験を何度もしている
- 死ぬ気でやるとか、命を懸ける、といった表現をよく使う
<メリット>
- ハマれば、かなりの自信が生まれる
- 即効的な効果があり、その効果はしばらく続く
<デメリット>
- イメージをしているときには効果を期待できるが、実際には役に立たない
- 時間が経つと、効果が取れてしまう
- イメージ力の弱い人は、なかなか成功イメージができない
成功イメージも、自己暗示や自己催眠に分類されるものです。
ですから、暗示にかかりやすい「被暗示性の高いひと」であれば、成功イメージをすることで、その困難を乗り越えた気持ちになることができます。
しかし、それはあがり症が軽度な場合だけです。
体がガタガタ震えたり、汗がしたたり落ちてしまうようなひどいあがり症の人にとっては、成功イメージはそれほど効果がありません。前日に成功イメージができたとしても、当日、あがりの現場では、全てを忘れてしまうのです。
私の指導でも、呼吸法と並んで、イメージトレーニングは、極度のあがり症克服のための必須プログラムとなっています、しかし、私が、極度のあがり症の方に教えているのは、この成功イメージではなく、別の複数のイメージです。
そのイメージでは、より現実的に場面をイメージすることを求めます。
また、イメージで実際にドキドキ感を作り(心拍数を上げ)、そのあと、心拍数を下げられるようになるまで、イメージを指導していきます。
こういったイメージをメンタルリハーサルといいます。
イメージトレーニングについては、別サイト「イメージトレーニング講座」で詳しく解説しています。アスリート向けですが、一般の方にも参考になるところもあるかと思います。
繰り返しになりますが、これらの心理テクニックは、単体で効果を発揮することはあまりありません。あるとすると、本当に軽度なあがり症か、もしくは非常に暗示にかかりやすい人だけです。
深刻なあがり症や緊張で、本来のパフォーマンスを発揮できないでいる人は、これらの心理テクニック単体でなく、より体系的なアプローチが必要になります。
次の「あがり症の改善に有効な4つのプログラム」を参考にしてください。